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2011年6月8日水曜日

「ニホン語、話せますか?」(マーク・ピーターセン)を読みました

またマーク・ピーターセンの本を読みました。
日本語についての本のようなタイトルですが、内容は英語についての事がほとんどです。
マーク・ピーターセンの他の著作「日本人の英語」などと同じように、日本人がよく間違う英語表現についても書かれていますが、「日本人の英語」に比べると著者のエッセイのような雰囲気が濃く、日本語学習や日本の文化・生活習慣についてなど、幅広い話題を取り上げています。どの話にも著者の"日本で暮らすアメリカ人"としての実体験が盛り込まれ、語学の勉強としてだけでなく読み物としてもとても楽しく読むことができます。

ニホン語、話せますか?ニホン語、話せますか?
マーク・ピーターセン

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英語学習という観点からは、日英・英日翻訳について書かれているいくつかの節は非常に興味深いものでした。
ある節では、日本の新聞の英語版の見出しについて、以下のような「誤訳」の例を紹介しています。

ある日、朝ゆっくりとカフェラッテを飲みながら英字新聞を読んでいたところ、"Foreigners are all sneaky thieves"(外国人はみんな卑劣な泥棒だ)という発言に出会って、びっくりした。『Kyodo News』(共同通信の「英語版」)によると、2003年11月2日、川崎市で、神奈川県の松沢成文知事がそう述べたという。オーノー、我が東京都ばかりではなく、神奈川県にも似たような阿呆がいたのか、と「同病相憐れむ」ような気持ちになったのだが、それと同時に、その文章の、引用としての正確さに関して、なんとなくあやしいような気もした。知事は果たしてそこまで言ったのかな、と。

そこで著者が調べていくと、別の新聞ではこの発言は「中国人みんなこそ泥」と書かれており、さらに実際の発言としては「中国などから就学ビザを使って日本へ入ってくる人がいるが、実際はみんなこそ泥」というものだったらしいということが分かってきます。
この発言が共同通信に掲載された際に、なぜか「中国人」が「外国人」に変わってしまい、さらに日本語版から英語版への翻訳の際に「こそ泥」→「sneaky thieves」と訳されていてしまったのでした。
「sneaky thieves」は「こそ泥」に比べかなり悪い印象を与えるようで、この翻訳について著者は以下のように解説しています。

「こそ泥」が"sneaky thieves"(卑劣な泥棒)となったのは、単なる誤訳に過ぎないだろう。具体的に言えば、英語にも「こそ泥」という職種(?)を表す表現があるのだが、それは"sneak thief"という決まりきった言い方だ。この"sneak"が、形容詞の"sneaky"(卑劣な)にされただけで、表現が与える印象は一段と悪くなるのである。

たったこれだけの違いで、そんなにニュアンスが変わってしまうものなんですね。
このほかにも、新聞記事や、村上春樹による新訳「ライ麦畑でつかまえて」などにある誤訳を題材とし、ニュアンスの違いや翻訳の難しさが解説されています。
どの節を読んでも、ただ辞書を引くだけでは分からない「語感の違い」「意味の違い」のが浮き上がり、非常に興味深いものでした。
上の"sneaky thieves"と"sneak thief"もそうですが、英語の「ニュアンス」を掴むにはただ英文を機械的に日本語に訳せばいいというものではないんですよね。
その場面に適切な表現なのかどうか、どんな印象を抱かせる言葉なのかをしっかり掴んでおかなくては、正確な表現にはならなかったり。

この本にはそんな「英語と日本語のちょっとしたニュアンスの違い」が分かるようになる例がたくさん挙げられています。
題材も、新聞・文学・映画など身近な題材なので楽しみながら読むことができました。